英語教育は「音楽」を越えることができるか?
2014年11月18日

我ながら馬鹿げたタイトルだと思います。しかし、これは私にとっては永遠の目標です。
人間は、だれしも、人生のどこかの時点で、“自分にとっての名曲“によって心を癒され、励まされることがあると思います。
音楽の持つ力は偉大であり、その波動は抗いがたい力をもって私たちの心に伝わります。
もし私に音楽を作る才能があったなら、もちろん、これほど英語教育にこだわり続けることはなかったでしょう。
たとえば、久石譲氏のような天才であったなら、縦横無尽に自分の才能を発揮し、数百万人、いや数千万人の人たちの心に世代を越えて伝えられていく名曲を、命の尽きるまで作り続けていたに決まっています。
だれだってそうでしょう。
そのときには、もちろん、ピアノの前か、数千人が見守る指揮台の上で死ぬことが理想になっていたに違いありません。
―――しかし、残念ながら、私にその才能はありませんでした。
人生の時が経ち、その事実が深々と理解されるにつけ、自分はlearner-friendly(学習者に優しい)を極限にまで究めて、出来る限り名曲に近づくしかないという想いがますます強くなる。
そう言えば、先日、何かの本でふと目にした衝撃的な一文が忘れられません。
―人間の到死率は100%であるー
私たちは、ここをすべての「原点」にするしか選択肢がないのです。
そんなわけで、今日もまた、学生たちを前に、レーザーで身を斬られるような心持で授業を展開したというわけです。
――― 彼らと私の間に、名曲のみが生み出し得る透徹した光の筋が、一瞬でも出現することを願って。